すみれちゃんの恋

初恋シリーズ　５

スザクさんの胸のうち。
犬のように可愛いスザクも好きなんですけど、少し黒いスザクも大好きです！！

「ルルーシュ」

静寂の中にぽつりと、水滴のように零された愛しい名前は風に流される。

昼休みの終わりを告げるチャイムの音も、生徒たちのはしゃぎ声も彼の眠りを妨
げはしない。

「ねぇ、ルルーシュ。そろそろ起きなきゃ授業に遅れちゃうよ」

そんなことを囁きながら、まるで起こすつもりのない声と自分自身にスザクは苦
笑してしまう。

本来ならば立入禁止のはずの屋上の鍵を生徒会権限で入手して、こっそりと利用
しているのはルルーシュとスザクだけの秘密だった。
喧騒や人混みを嫌うルルーシュは、時間が空けばこうしてスザクを伴い屋上にやって
来て読書や昼寝をして過ごす。
あまりに居心地が良すぎるせいで授業までさぼってしまうから、二人してシャー
リーに怒られてしまうけれど。

透き通るような水色の空、その空に溶け込むような白い雲。
降り注ぐ陽射しは優しくて、吹き抜ける風は清々しく裏山の緑の香りがした。
絶好の昼寝日和。

スザクはルルーシュの黒髪にそっと触れてみる。
くせっ毛の自分の髪とは違う、くせのない髪がサラサラとスザクの指の間を流れ
ていく。
それから髪に隠れている形の良い耳。
形を確かめるように触れてみると、耳たぶの柔らかさが指に伝わった。
長い睫毛、小さな鼻、薄い唇、黒髪とは対照的な白い肌。
そして今は見ることのできない菫色の瞳。

綺麗だとスザクは思う。
無骨で無頓着なスザクが、この世で唯一綺麗だ、美しいと思える人。 
それは、今も変わらない。それどころか、大人になるにつれルルーシュの美しさ
は更に洗練された。
本を読むときに伏せられる長い睫毛、笑った時に見せるかたえくぼも、時折見せ
るスザクを見つめる悲しそうな目。

綺麗だと思う。
それは外見だけではなく、内面も。
純粋で、氷細工のように繊細なルルーシュ。
綺麗で可愛くて、愛おしくてたまらない。

１０年前、ルルーシュに初めて会った時、ルルーシュはスザクの幼い心を奪って
いった。
ルルーシュを見れば胸が鳴って、泣きたいような気持ちになる。
幼かったスザクはこの感情の名前を知らなくて、訳もわからずルルーシュを随分
いじめてしまった。
けれど、一度認めてしまえば何てことはない、初恋だった。

この綺麗な人に心が囚われて、この人の隣でこの人の全てを独占してきた。
ルルーシュの時間も気持ちも、視線もスザクだけのもの。
そうして独占欲がスザクの心をひたひたと満たすけれど、すぐにスザクは思い直
す。

だめだ。まだ足りない。

もっともっと、ルルーシュの全てを手に入れないと。
あんな表面的な好意だけじゃ足りない。
彼の欲も愛も全部スザクに向けられないと満足なんかできない。

「ルルーシュ」

甘く優しく、欲望に濡れた呟きはルルーシュには聞こえない。
何も知らずに眠るルルーシュ。
スザクの心も欲望も葛藤も何も知らずに、無邪気に眠る。

「だめだよ。こんな無防備な顔して寝てたら」

親指で桜色の唇をなぞれば小さな寝息が指に触れた。
親指だけがじんわり熱くなって、その熱がスザクの頭を痺れさせた。

「他の人の前で、こんな無防備でいたら許さないよ」

この綺麗な人は自分だけのもの。
誰にも渡したりはしない。
もしも自分からこの人を奪おうとする者がいるなら、どんな手を使うかわからない。

ルーシュがスザクのことが好きだということはわかっている。
けれど今の好きじゃ全然足りない。
男同士とか、幼なじみとかそんなしがらみもかなぐり捨てて、スザクだけを求め
るようになるまでスザクは待つ。
ルルーシュの気持ちがスザクの境地に至るまで。

「でも、そろそろ我慢の限界かも」

なにしろもう１０年も待った。
そしてスザクも健全な男子高校生だから、色々悩めることも多い。

早く、早くルルーシュの思いがスザクほど大きくなりますように。
今みたいに可愛くて純粋な感情ではなくて、独占欲と黒いものに支配された感情
になるまで。

「待ってるから、ルルーシュ」

そうしてまるで引き寄せられるようにして重ねられた唇は二人の誓いのキス。